多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【連載】関西出張レポート④_caféここいま

2016年8月30日〜9月1日に、「もやもやフィールドワーク 調査編」の一環として行った、関西出張の振り返り連載。
第4回目は、caféここいまについて、研究員の三宅によるレポートです。

*本連載は、既存のありかたに捉われずに「多様な人々が共にある」ことを実現しようとしている現場を訪問し、研究員が感じたことや考えたことを掲載していきます。その場は、どのようにして生まれるのか。そこでどのようなことが起こり、何がつくりだされるのか。お楽しみいただければ幸いです。

_____________________________

■はじめに
 大阪府堺市にある「Caféここいま」。駅前の商店街の一角にたたずむ「一見、普通の喫茶店」 1)は、実は、精神障害のある人が地域で暮らすための居場所や、地域住民との交流を育む場として運営されている「プロジェクト型のカフェ」2) だという。そこでは、どのように場がつくられ、どのような交流が生まれているのだろうか。今回は、月1回、精神科病棟の長期入院者を主な対象に、本や音楽、映画などの鑑賞を通じて語り合う「kokoima暮らしと表現の私塾」第5回に参加した後、店主の小川貞子さんと、私塾の主宰者のアサダワタルさんに、お話を伺った。

■「Caféここいま」立ち上げの経緯
 「Caféここいま」は、精神障害のある人が地域で暮らすための居場所や、地域住民との交流を育む場として運営されている、コミュニティカフェである。店主の小川貞子さんは、近隣にある浅香山病院3) の看護部長兼副院長として、長年、精神科の患者さんの看護にあたってきた。
 「caféここいま」を立ち上げるきっかけとなったのは、2012年より、小川さんが中心となって長期入院者らと共に開催している「ココ今ニティ写真展」だ。毎年開催を重ね、院内から院外へと開催場所を拡げるにつれ、精神障害のあるメンバー 4)自身が写真の傍らに立って語る「ナラティブ写真展」の形へと発展していった。その過程で生まれた「精神科のイメージを変えたい」「社会貢献したい」「誰かの役に立ちたい」というメンバーの思いは、小川さん自身の思いとして、日ごとに強くなったという5)
 そこで、2015年12月、「地域のなかに(精神障がい者の)居場所を提供し」、「地域社会を精神障がい者にとってより住みやすい場所にし」、「高齢者、子ども、障がい者などすべての人々が健やかに暮らせる地域社会づくり」6) を目指して、NPO法人kokoimaを立ち上げ、浅香山病院にほど近い、駅前商店街の一角に「Caféここいま」をオープンした。

ここいま1

■「kokoima暮らしと表現の私塾」第5回、の後
 この日の私塾のお題は、「映画『すべての些細な事柄 (La Moindre des Choses)』 を観て、結局のところ「障害」ってなに? 「幸福」ってなに?「社会に出るってどういうこと?」って話をする」こと。映画『すべての些細な事柄』は、フランス郊外の森にある精神科の診療所・ラボルド病院を舞台に、「患者/治療者」に二分される治療環境そのものを見直しながら営まれる、日常の出来事を描いた作品である。どのような話がなされるのか、とても楽しみにしていた。
 ところが、当日、到着予定の時間を大幅に遅れてしまった。「caféここいま」に辿りつくと、アサダさんに「ちょうど、今、終わったところ」と、声をかけられる。メンバーの方たちも、帰りはじめている。間に合わなかったな…と思いながら、ともかくテーブルについた。
 白を基調とした明るい店内。壁には、来場者が描いたとおぼしき絵や手芸品などが飾られている。その“手作り感”に、まるで誰かの家のリビングにおじゃましているような気分になる。大きなダイニングテーブルには花が活けられ、数名の人がテーブルを囲んで座り、和やかに談笑している。アサダさんや小川さんも会話に加わり、まだ残っているメンバーと話したり、映画の感想を尋ねたりしている。「映画には、いろんな人が出てきてたよね。どんな人が印象に残ってる?」「フランスと日本では、同じところも違うところもあると思うんやけど、ここは似ている、ここは違う、っていうところはあった?」。それに答えて誰かが話すと、それぞれが応じたり、応じなかったりしながら、また会話がひろがっていく。和気あいあいとした雰囲気が、部屋に満ちる。その雰囲気は、これまで「もやもやフィールドワーク」で「多様な人が共にいられる場」を訪れた際に感じた独特の居心地のよさや、ゆるやかながらいろんな刺激を受ける感覚を思い出させるものだった。

ここいま2

 

■インタビュー1:私塾という「安全の場」
 私塾には間に合わなかったが、その後の和気あいあいとした雰囲気や、人々がリラックスして語り合う様子からは、私塾の時間が、この場にとって大切なひとときであることが窺われた。月1回という活動のなかで、私塾における安心感や信頼関係のようなものは、どのように育まれているのだろうか。
 「人によって違う。挨拶だけの人や、直接お話したことがない人もいるが、ちょっとづつ」というアサダさん。それに対し、小川さんは、「直接言葉を交わさなくても、(アサダさんのことを) 友情というのか、大事な人だと認識して、(メンバーは私塾に)お越しになっている」と語った。対人関係が限られる入院生活のなかで、毎月のように来てくれるアサダさんは、メンバーにとって「重要な他者」なのだという。小川さんも、「今度アサダさんがお越しになるのよとか、アサダさんがすごく考えた映画だよとか(伝えている)。アサダさんから来たお手紙とか、みんな印刷して、みなさんに配っている」という。この言葉から、小川さん自身、この関係を大切にしていることが感じられた。
 テーマ設定に関しては、「段階を踏んでいる」と、アサダさんは言う。最初は、田中未知の『質問』という本を読んで互いに質問しあったり、短い映画を観たりして、少しずつ「しゃべる場」であることを浸透させていった。次の内容はあらかじめ決まっておらず、その場で出てきた話題に応じて決めていく。メンバーを取り巻く現状とリンクする内容に寄っていきたくなれば、そのような題材を選ぶ。この日取り上げられた映画は、ゆるやかな雰囲気を持ちつつも、精神障害のある人を取り巻く状況や生活を正面から扱った内容だった。
 小川さんは、病院のプログラムと私塾の取り組みとの違いを、次のように述べる。「病院のリハビリのプログラムにはね、ストーリーがあるのよ。最初の挨拶では、気持ちをひきつける言葉を書くとか。このグループでの約束、人が変なことを言っても笑わないとかね。そういうことが、きちんと構造化されて、安全の場が保障されている。でも、ここに来たら、いちいちそんなことを言わなくても、雰囲気としてそういう場所を確保しているでしょう。その“まったり”が、患者さんにとって居心地がいいのだと思う。私たちも、指導者然としなくていい」。
 それを聞いて、この場の成り立ちが、少しかいま見えたような気がした。互いに大事な他者として出会い、あるべき役割関係やあらかじめ共有された構造を明らかにしないまま、ゆるやかにいられる場。そのような場でこそ、安心して自己や他者と向き合う関係が育まれるのではないだろうか。

ここいま3

■インタビュー2:「café ここいま」という居場所
 小川さんによれば、精神障害のある人が退院した後のいちばんの課題は、孤独だという。そこで、精神障害のある人を地域に受け入れてもらうための居場所として、カフェを開いた。
 なぜ、カフェだったのか。これまで長い間、病院というシステムのなかで働いてきた小川さんは、まず、自分自身が地域のなかで生きるという体験を取り戻そうと思ったのだそうだ。それが発展して就労やグループホームという形をとることがあるにせよ、「自分がまちのなかで居場所を作る、っていうことが先やなって」。
この場をひらいてみて小川さんは、「孤独なのは精神病者だけじゃないんだって、つくづく思った」という。一人暮らしの人や、旦那さんが認知症になった夫婦など、生活のなかで何かしら孤独を抱える人たちが居場所を求めて、ここへやってくる。そのような人は、店に来るメンバーのことを、ごく自然に受け入れてくれるという。メンバーの描いた絵に「すごいね」と声をかける人がいて、そこでのおしゃべりの会話が、絵に描き込まれたりすることもある。「症状の重い人とも場を共有できる。その共有のしかたは、こういうのなんだと思った」と、小川さんは言う。
 そのために小川さんは、訪れる人に積極的に声をかけ、誰かとの会話をつなぐことを心がけている。開店当初、大きなテーブルを切り離して一人で座れる席を作ったが、場をつなぐと会話が生まれることがわかり、もう一度テーブルをくっつけてつないだという。テーブルに飾った花や、飼っている猫も、会話をつなぐ重要な役目を果たしている。
 居心地のよい場を作るために、小川さんが気をつけていること。それは、人の変化に応じて「常に環境を変える」ことだという。「微妙に人は動くでしょ。常連さんがここしばらくはいらっしゃらないとか、この近くで大きな工事現場があったから、職人さんが汗かいてご飯を食べに来られることが続いたなとか、一人暮らしの男の人が恥ずかしそうにちょっと覗いてくれるようになったとか。そのような変化に対応して、自分のなかの感性と相談しながら、場の雰囲気や料理のメニューを変えていく」。このことを小川さんは、こう言い表した。「居心地のいい場所に、居心地のいい変化を」。

■おわりに
 「café ここいま」、そして「kokoima暮らしと表現の私塾」では、その場を訪れる人も、場を運営する人も、常に揺らぎながら、その揺らぎに応じて、絶えず変化を重ねている。日々のそのような営みこそが、「café ここいま」を、孤独や生きづらさを抱える人にとって安全で居心地のよい場にすると共に、多様な人々が交流する「交点」として地域に根づいていく道を作っていくのだと思う。
ゆるやかで居心地のよい場で過ごした後の、心地よい疲れを感じながら、「caféここいま」を後にした。

ここいま4

脚注
1)アサダワタル『kokoima実践レポート ―精神看護と居場所づくりのハザマで―/第一回:「Cafeここいま」を知っていますか?』
2016年12月20日アクセス
2)同上
3)総合病院 浅香山病院  精神科医療が充実していることで知られる。
4)ココ今ニティ写真展の活動を支える人々は、立場や障害の有無に関わらず「ココ今ニティメンバーズ」と呼ばれている。
5)NPO法人kokoimaウェブサイトより抜粋。2016年12月20日アクセス
6)同上