多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【連載】「東京迂回路研究 オープンラボ」を振り返る――中間報告&ワークショップ「もやもやフィールドワーク調査編:ハーモニー」②

2016年12月20日

10月26日〜30日に開催した 「東京迂回路研究 オープンラボ」の振り返り連載。
第4回目は、<中間報告&ワークショップ「もやもやフィールドワーク調査編:ハーモニー>について、研究所メンバー三宅によるレポートです。
*本連載は、オープンラボを多様な視点から振り返るべく、各プログラムについて研究所メンバーと参加者それぞれのレポートを交互に掲載していきます。
各プログラムはそれぞれにどのように経験されていたのか。あの場に身をおいた人は何を感じ、思考したのか。お楽しみいただければ幸いです。


 

■「体験」の交わりをめぐって―ハーモニーとの協働によるワークショップ開発の過程

三宅博子(多様性と境界に関する対話と表現の研究所)

 

「東京迂回路研究オープンラボ」2日目のプログラムは、『中間報告&ワークショップ「もやもやフィールドワーク調査編:ハーモニー」』。内容は、今年度「もやもやフィールドワーク調査編」で、障害者就労継続支援B型事業所ハーモニーのメンバーや外部協力者と一緒に取り組んできた、ワークショップ開発の過程の中間報告と、開発したワークショップを実際に行うというものである。

本稿では、ワークショップ開発に企画段階より携わったチームの一員としての視点から、調査の過程をレポートする。まず、調査を始めることとなった経緯を述べてから、プログラム当日の様子を記し、ワークショップ開発の過程で起こったことの意味について考えてみたい。

 

このプログラムの発端は、昨年、『東京迂回路研究フォーラム「対話は可能か?」』で、ハーモニーのメンバーをお招きして、彼らが製作・販売している「幻聴妄想かるた」の大会を行ったことにある。

*レポート記事 http://www.diver-sion.org/tokyo/2015/10/forum_report_0_1/)

そのときは、ハーモニーメンバーの生(なま)の語りを聞き、メンバーの幻聴や妄想にまつわる体験が描かれたかるたで遊んだ。そして、参加者自身の体験をもとにかるた札を作り、語りあった。その時、その場に満ちた静かな熱気は、今でも強く印象に残っている。参加者それぞれの体験が、私自身の体験と重なって響き合う、不思議な感覚があった。

それから半年後の2016年4月。diver-sionスタッフは、「もやもやフィールドワーク調査編」の計画を練っていた。今年度、試みたかったこと。それは、一年間かけてじっくりと現場に関わり、「調査する/される」関係とは異なる、「協働」の関係性を築くこと。多様な人々が多様なまま共にあるありよう=「迂回路」がどのようにつくられていくのかを、その場の人々と「共に」、考えてみたかったのだ。

そこで、今回の調査では、アクションリサーチという研究方法を用いることにした。アクションリサーチとは、コミュニティや組織における社会的課題に対し、その課題に関わる人と研究者が共に研究に参与し、協働して解決を目指す方法である。このような研究を一緒に行ってくれる人と場所を考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、ハーモニーだった。折しも、ハーモニーでは、「幻聴妄想かるた」を使って、大規模な講演やレクチャーよりもう少しこじんまりした形で、これまで出会えなかったような人々と交流できる機会をつくりたいと考えていたとのこと。こうして、ハーモニーと協働で、「幻聴妄想かるたを使った新しい遊び」のワークショップを開発することになった。

ワークショップ開発にあたり、まずは開発チームを結成した。人選のポイントは、二つ。立場の異なる人が、同じくらいの人数比になること。そして、障害のある人との活動やワークショップ企画の経験がありながらも、すでに確立された手法を用いるのではなく、このチームで一緒につくりあげることに興味を持って取り組んでくれること。集まった開発チームは、diver-sionスタッフ2名、ハーモニースタッフ2名、外部協力者3名。このチームが毎月ハーモニーに集い、メンバーのみなさんと一緒に、ああでもないこうでもないと言いながら、ワークショップを作りあげた。こうして出来上がった遊びが、幻聴妄想かるたを使った「ジェスチャーかるたゲーム」だ。

shibanoie1027_s-23_2358(写真:冨田了平)

プログラム前半は、まず、今年度の「調査編」を主に担ったdiver-sionスタッフの石橋より、ワークショップ開発の過程が報告された。開発チームでさまざまな遊びの案を試したこと、案のなかから何を選ぶかで行き詰まったこと、それがきっかけで企画の目的について再考したこと、最終的にはシンプルなルールで参加者どうしのコミュニケーションを促す、ジェスチャー案に決まったことが報告された。

続いて、開発チームメンバーより、ワークショップ開発の過程をどのように経験したかについて、それぞれの立場から語られた。興味深かったのは、どのメンバーも「この企画に、なぜ、どういう立場で関わるのか」と疑問に思いながら、自分なりに関わりかたを模索してきた点である。ハーモニースタッフの富樫さんは、すでに遊び方や味わい方が確立している「幻聴妄想かるた」を、なぜ今さら発展させる必要があるのか、と。外部協力者の田中さんは、ハーモニーのスタッフでもdiver-sionのスタッフでもない自分が、なぜここに呼ばれているのか、と。企画の進行を見守る立場にあった私自身も、着地点がどこにあるのかという明確な答えを持たないまま、携わっていた。

このことは、アクションリサーチの過程で起こり得る状況を、よく表す事柄だと思われる。アクションリサーチの特徴のひとつに、「互いの立場や違いを尊重し、互いから学びながら協働して役割分担をする」*1ことがある。その過程で、「それぞれが発展的に変化し、より創造的な力としてさらに協働の成果を獲得していく」 *2のだという。ワークショップの開発過程では、開発チームメンバーが語るように、それぞれの果たすべき役割分担が最初から明確にされてはいなかった。では、ここでは、どのようにして互いの立場や違いが測られ、役割分担がなされ、変化していったのだろうか。

それは、「面白い遊びかたをどう設定するか」をめぐるやりとりそのものを通じて、行われたのではないかと思われる。「幻聴妄想かるたを使った新しい遊び」のワークショップ開発。その核心のひとつは、「面白い遊びをつくる」ことが、「幻聴妄想かるた」の中心要素である「体験」をどのように取り扱うか、という問題と直結している点にあった。つまり、遊びかたのルールづくりに関する議論が、そのまま、他者の体験を別の他者がどう受け取り共有するかについての議論になっていたのである。

shibanoie1027_s-53_2427(写真:冨田了平)

具体的な過程に即してみると、当初、二つの有力な案があった。一つは、たとえば「動物」や「夏」といったテーマにもとづいて、関連する絵札を集めて並べ、その世界を味わうもの。もう一つは、札をすごろくのマス目に見立てて順番に並べ、サイコロをふって止まった札をとっていくもの。これを体験の共有という観点から見れば、前者は、札に描かれた体験を、より深く味わおうとする遊びかたといえる。しかし、札をつくったハーモニーメンバーと、遊ぶ人とのあいだにある境界―体験の当事者性-が揺らぐことはない。それに対し、後者は、遊ぶ人がどう楽しむかという体験を重視する遊びかたといえる。しかし、札に描かれた体験は、遊びのなかでのひとつの要素に過ぎず、両者が交わる余地は少ない。二つの案がともに面白く、発展の余地があったにも関わらず、採用に到らなかったのは、描かれたハーモニーメンバーの体験と遊ぶ人の体験が、「当事者/非当事者」という二項対立的な枠組みのなかで出会うという構造から脱し切れなかったためではないかと思われる。

その後、開発チームの富樫さんに「おりてきた」という、ジェスチャーかるた案。これは、文字札に描かれた体験を、一人がジェスチャーで表現し、他の人がどの札か当てるという遊びである。ここでは、ジェスチャーする人の身体を通じて、札に描かれた体験を解釈し、表現しなおすことが行われる。さらに、札を当てる人は、ジェスチャーに対し、自分の体験に基づいて解釈を行う。すなわち、札をつくった人、ジェスチャーする人、ジェスチャーを見る人、それぞれの体験が交錯しあうことによって、遊びが進行するのだ。この案にいたって、開発チームは、「幻聴妄想かるた」に関わる立場の異なる人々の体験のどれもを必要とし、かつ、それらがゆるやかに交わる遊びにたどりついた。

 

プログラム後半は、いよいよ、ジェスチャーかるた大会。前日にハーモニーで行ったときと同様、遊びはなごやかにすすみ、参加者の会話も弾んでいるようだった。ハーモニーという場所やメンバーのことを直接知らない参加者は、その分、会話やジェスチャーによってその体験世界を想像し、ときには新たな楽しみかたをつくりだしてもいた。それは、そこに集まった人どうしの体験を連ねていくような味わいかただったように思う。

shibanoie1027_s-80_2466(写真:冨田了平)

ワークショップ開発を通して、いかなる「協働」が行われたのか。そこで生み出されたものは何だったのか。考察は、これからである。その手がかりのひとつは、プログラムのなかで上映された、ワークショップ開発過程のダイジェスト映像にあるような気がしている。企画の当初から撮り続けてくれた渡辺さんの映像には、そのときどきで調子が大きく変化するハーモニーメンバーの様子や、それぞれ異なる思いを抱えて紆余曲折するワークショップ開発の過程が、ありありと映し出されていた。体験を育む土壌が日々の生活のなかにあるとすれば、遊びを通じてつかのま交わった「体験」は、日々の生活のなかに、どのように折りたたまれていくのか。映像をみながら、そんなことを思った。

 

*1:JST社会技術開発センター 秋山弘子編著(2015)、『高齢者社会のアクションリサーチ:新たなコミュニティ創りをめざして』、東京大学出版会、7頁。

*2:同書、7頁。