多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【週報】立ち止まる場、語るネットワーク、さまざまな境界線

2016年02月27日

東京は寒い日々が続いていますが、少しずつあたたかくなってきましたね。
みなさまのところはいかがでしょうか。

2/25は「もやもやフィールドワーク 報告と対話編 第10回」でした。くわしい報告については稿をあらためますが、今までとはかなり異なる展開になり、今後の私たちの活動の方向性も示唆されるような、大切な回になったように感じています。調査先となった「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」(うちの団体名より1文字多い!)の皆様にもご来場いただけたので、終わった後に懇親の場を持ちました。そのなかで、東京迂回路研究に寄せている期待について、いろいろとやりとりができたことも印象に残ります。

私たちは東京迂回路研究の取り組みを通じて、東京の“生き抜くための「迂回路」”をさぐり、つなぐことを目指しており、そのことでなにかこれからの社会を生きていくためのヒントが得られるのではないかということを考えています。それを実践し、検証する場のひとつとして、私たちは「もやもやフィールドワーク 報告と対話編」を行ってきました。終了後、これまで繰り返し参加してくださっている方から、東京迂回路研究の取り組みが、自分にとっても貴重な場であるという言葉をいただきました。普段仕事をするなかでなかなか言語化できないことや、いっしょに語るのが難しいことについて、吐き出せたり、もやもや考えることのできる、そのこと自体が貴重である、というのです。私たちにとってはとても嬉しい感想でした。

自らの活動を行っていくうえでは、日々のあれこれをすすめることがまず優先されるため、そのこと自体を引いた目でみたり、たとえば5年後、10年後にどういうふうになっていきたいか、というようなビジョンを考えるのが難しいということがあるのかもしれません。こうした人たちが立ち止まって考える場であり、話をすることのできるネットワークだったりを、知らず知らずのうちに私たちは作り続けていたのだなあ、と、第10回という積み重ねを振り返って、あらためて感じています。

そして、そのことは私たちにも返ってくる問いです。東京迂回路研究ということを通じて、なにを、どこまで、いつまでやっていくのか。プロジェクトのゴールと、そのあとに見たい風景は何なのか。年度末の喧騒が過ぎ去るころ、じっくり考えてみたいなと思います。


さて、すこしだけ、私が関わっている別のプロジェクトの宣伝をさせてください。
といっても、そこまで無関係というわけでもありません。
私が「迂回路」という言葉であったり、「境界線」という言葉を考える大きなきっかけになったプロジェクトについて、10年越しにあらためて検証しようというプロジェクトが立ち上がりました。
2006年4月にパフォーマンス公演を行ったプロジェクト、その名も「東京境界線紀行」。私は制作スタッフのひとりとして関わりました。それを振り返ると、ああ、10年経ってもこの問題はなにも変わらないなあ、という問いにぶちあたります。そのことについて、いろいろな方とともに考えたいと思い、3月26日・27日にイベントを開催することになりました。
フォーラムを開催するほか、「障害/健常」「マイノリティ/マジョリティ」といった境界線についてもやもや考えてきた10年前の出演者やスタッフたちの過去と今の姿を追う“検証映像”としての新作映画を上映します。
マイマジョ

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また、映画制作に向けてクラウドファンディングを行っています。完成した映画の上映権+監督トーク付き、というのがたいへんおすすめの特典になります。

どこにいっても、問題は全部、一緒だな、と思いました。私たちはすでに共に生きているということ。そんなことを、少しでも伝えられたらいいなと思います。

(長津結一郎)