多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【週報】きりこプロジェクトに思うこと

2015年10月26日

今週の週報は、プロジェクト進行状況から少し離れて、1冊の本、そこに収められた文章について。

『土に着く』というタイトルの本がある。
当時関わっていた仕事の参考になるから、と、ぽん、と渡された本だった。
以来、折にふれ、ページをめくる一冊となった。

そこに収められている小文『「きりこ」と彼女たち−−土着という希望』は、吉川由美さんが2010年に南三陸町で行った「きりこ通り」プロジェクトについて綴ったものだ。
*吉川さんには、フォーラム「対話は可能か?」にて、9月5日のトークセッションにご登壇いただいた。

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「きりこ」とは南三陸に伝わる、神社の神職がつくる神棚に飾る切り紙のことだ。「きりこ通り」プロジェクトでは、そのモチーフを、今を生きる町の人の物語にもとめ描き出す。
インタビュアーとなったのは、町に暮らす女性たち10名あまり。よその町や都会から嫁いできた人も多かった。彼女たちは一夏をかけ、町の人の話を聞き、その人生をきりこ1枚1枚に切り出し、通りを彩った。
それは予想以上に多くの変化をもたらしたという。
神社の宮司さん、インタビューを受けたお店の主人、年配の女性たち。人々の関わりは、笑顔や、見回りや、差し入れなどにかたちを変え、現れ出した。
町の人は、通りを歩き、軒先を飾るきりこに、そこで暮らす一人一人が積み重ねてきた時間、その生の営みを発見した。ただの紙が、関わり合いにより、その人の生を伝えるものとなったのだ。そのことがじわりと胸をうつ。なにがそれを可能にしたのか。吉川さんは、次のように言う。
「「きりこ通り」プロジェクトに関わった女性たちは、彼らのように場に根ざすことを知らず、人と関われないむなしさを味わっていた。だからこそ、この町で生業一筋に生きてきた町の人たちの姿は新鮮で、尊敬に価するものに思えた。コミュニケーションがお世辞にも上手とはいえない彼女たちが、土着に疲れ、語ることさえ諦めていた人たちから再びことばを引き出すことができたのは、彼女たちの純粋な感動が町の人たちに伝わったからだと思う」。

聴く人がいるとき、はじめてなされる語りがある。
綴られたエピソードに、私も、お蕎麦屋さんの、自転車屋さんの、1日を思う。
なんてことはないと言われそうな、ただの1日。でも、なんでもないように思えることのなかに、なんでもないことなんて一つもないと思う。

吉川さんは言う。「人と関わり合う情熱や寛容、小さなコミュニティの中で人を幸せにしようとする実直さ、そんな生き方の価値を、彼女たちとのささやかな交流と「きりこ」という土着の日をまとった祝祭の形が、見出させたのではなかろうか」。

私がこのプロジェクトに惹かれる理由、そして今回のフォーラム/トークセッションに、吉川さんにぜひご登壇いただきたいと思った理由はここにある。
一人一人の生き方に柔らかな視線が注がれること。見えていなかったものが見えるようになること。他の人に伝えられ、受け止められること。それらが、声高に叫ばれることなく、しかし確かに起こっていくこと。
ともに生きるとは、そういうことなのではないかと思う。
どの国にも、どの街にも、そこに生きる人、一人一人の生があるということに気づくこと。そのどれもが偉大で、尊いと本当に思うこと。そうしたとき、はじめて、同じ生き方を強いるのではない、しかしともに生きるというありかたがありえると感じられるように思うのだ。そのような場をつくることの意義は大きい。

そして・・・「(本文は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震以前に執筆されました)」という最後の一文。何度目にしても、胸がつまる。
数ではない、一人一人の命に、手を合わせたい。

吉川さんは、震災後、南三陸町できりこの絵柄を「きりこボード」にし、家の跡地に、海に向かって掲げるというプロジェクトを行ったーー海にいる人にも、メッセージを伝えるために。忘れていないよと知らせるために。
そして現在も毎夏、みんなで紙のきりこを切り出すワークショップを行っている。そこでは、一人一人の思い出が語られ、参加者は泣き笑いしながら、手を動かしているという。

一人一人の生き方が、ただそれとして価値あるものとして現れ、他の人に伝えられ、受け止められる場。そうした場が小さく、確かに、あちこちに現れるようになったらいいのにと思う。
そうした「ともに生きる」ということに真摯に向き合う小さな実践、その一つ一つが「対話は可能か」という問いへの挑戦のように私には思える。そして、私にとって、東京迂回路研究はまちのそこここにあるだろう、そうした挑戦にささやかな光を当て、その姿を浮かび上がらせる試みとしてもあるのだ。

*引用はすべて『ミルフィユ03 土に着く』(せんだいメディアテーク、2011年)より

(井尻貴子)