多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【開催報告】もやもやフィールドワーク 分析編 第2回 

2015年08月31日

今年度よりスタートした「もやもやフィールドワーク分析編」、第2回を実施いたしました。
毎回、気鋭の研究者をゲストコメンテーターにお招きし、研究員の発表とそれに対するコメント、参加者全員によるディスカッションを通じて、「もやもやフィールドワーク」で得た実践知をつなぎ、深化させることを目指すこの企画。

第2回のゲストは東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さん。小児科医の顔も持っていらっしゃいます。
熊谷さんの、主な研究分野は「当事者研究」。
当事者研究とは、北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「べてるの家」からうまれた試みで、「障害や病気を持った本人が、仲間の力を借りながら、症状や日常生活上の苦労など、自らの困りごとについて研究する実践」のことです。
熊谷さんは、この「当事者研究」という実践のなかで、どのようなことが起きているのか、さまざまな側面に注目しながら検証しています。

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最初に、熊谷さんから提示いただいたのは、「人間にとって”研究する“とはどういうことなのか」という問い。この問いについて、「当事者研究」の事例紹介・解説を通じ、考えていきます。研究とは、「苦労」に対して人がとる行動のひとつではないか。「苦労」は、目的と現実が乖離した状態。そうした状態に陥ったとき、人は、なんとかして現実を目的に近づけるという仕方で、その乖離をなくそうとすることが多い。しかし、「研究」という仕方でそこにアプローチすると、目的をいちどカッコにいれて、現実を直視するということが必要になる。ひとつひとつ見ていくと、そこに発見が生まれる。それにより、目的と現実の間を急いで埋めようとするのではなく、ゆっくり、知識で埋めていくことが可能となるのではないだろうか。

ここで提示された「研究とは?」という問いは、そのまま、「東京迂回路研究における「研究」とは?」という問いにつながります。

そもそも、なぜ「東京迂回路“研究”」なのか。
「研究」という立場に託している想いとは。
そして、「東京迂回路研究」のリサーチ・クエスチョンとはなにか。
研究所メンバーからは、主に上記の点についてプレゼンテーションを行いました。

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それに対し、熊谷さんからいただいた的確なコメントを入り口に、参加者全員でのディスカッションへ。
・人と人との間にある「境界線」だけでなく、個人のなかにある「境界線」もあるのではないか。その、個人のなかにある「境界線」に注目すると、人と人との間の「境界線」がしゅっと消えることもあるのでは。
・東京迂回路研究は、「メタ」研究か、「ベタ」研究か。
・多様な迂回路に共通する生成メカニズムこそが研究と言えるのでは。
を巡り、話し合いました。

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参加者のみなさまからは「”研究“のことをじっくり考えられたし、何も知らなかった当事者研究のことを少しでも知れてよかったです」、「考えがまとまっていないのですが、持ち帰って考えるべきことをたくさん得たように思います」といった感想をいただきました。

研究所メンバーにとっても、いまこのタイミングで「研究とは」というところまで立ち戻り、考える時間を持てたことは、とても大きな意味がありました。

熊谷さん、ご参加くださったみなさま、どうもありがとうございました。

(報告:井尻貴子)

*東京迂回路研究フォーラム「対話は可能か?」9月4日(金)〜6日(日)
詳しくはこちらへ http://www.diver-sion.org/tokyo/program/forum2015/

*「もやもやフィールドワーク報告と対話編 第8回」9月17日(木)
詳しくはこちらへ http://www.diver-sion.org/tokyo/2015/08/0806/