多様性と境界に関する対話と表現の研究所

アートカウンシル東京

【開催報告】もやもやフィールドワーク 報告と対話編 第7回

2015年06月23日

昨年度から数えて第7回目、今年度初めての開催となる「もやもやフィールドワーク 報告と対話編」。調査の報告とそれに基づいたテーマ設定による対話を行い、多様性と境界に関わる活動とそれをめぐる状況への考察を深めることを目的とします。今回は、「対話は可能か」という問いをテーマとし、昨年度の活動を通して考えてきたことをもとに、報告と対話をおこないました。

まず、第1部:報告編として、昨年度の活動を経て発行した「JOURNAL 東京迂回路研究 1」から、「東京迂回路研究」や「対話型実践研究」という言葉に至った経緯と、そこに辿り着く過程で「対話」を意識させられた場面に関する報告と問題提起をおこないました。

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「対話は可能か」というテーマへ向けて、「対話」とは言葉を尽くすことなのか、それでも分かり合えない他者とは「対話」は成立しえないのか、そもそも「対話」に言葉は必要なのか、時間と空間を越えた「対話」も成り立ちうるのではないか…など、さまざまな問題提起がなされました。

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第1部を受け、第2部:対話編として、哲学カフェの形式で、「対話は可能か」というテーマについての対話を、1時間強程度、参加者全員でおこないました。

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対話という言葉に対するイメージをお聞きすることから始まり、そこから「対話と会話の違いは何か」、「対話は人と人の間にあるものか、それとも個人の中にしかないものなのか」、「対話をすることはそもそもいいことなのか」、「対話を拒否するのはどういう時か」、など、めまぐるしく変わるトピック。対話とは、「他者と相対すること」「個人の中にしかないもの」「自分の価値観に切り込まれる感覚」「他者をなかったことにしないことから始まるもの」…

この場において、常に意識させられるのは、「対話は可能か」、というテーマについての「対話」が、この場で成立しているといえるのだろうか、という問いです。意見交換でも議論でもない、「対話」。もちろんこの場で結論は出ませんでしたが、イベント終了後も、参加者のみなさまが3~4人1組でずっと話し込んでいたのがとても印象的でした。

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また、今でも時々、第2部の対話の場で名前も知らないあの方が言ったあの言葉が、自分の脳内をぐるぐると回っていることがあります。決められた時間を越えた「対話」や、時間や空間を越えた「対話」が、逆照射するように対話の場を対話の場たらしめる、ということもあるのかもしれません。

9月5~7日に開催が予定されているフォーラムのタイトルは、本日の対話のテーマと同じ「対話は可能か」。東京迂回路研究にとって根源的なこの問いについて、今後もさまざまな形でみなさまと考え、対話する場を設けていければと思っております。
(報告:石橋)

※「もやもやフィールドワーク」とは、東京都および近郊エリアの、医療・福祉施設、当事者団体、ケアに関わる団体等を訪問し、活動の参与観察や関係者への聞き取りを行う「調査編」と、その調査で得られた見解や視点を参加者と共有し、ともに話し合い考える「報告と対話編」、研究者をゲストに招き、理論的・方法論的な視座から考察を深める「分析編」からなる研究プロジェクトです。
調査・報告・対話・分析のサイクルを通じ、さまざまな場を捉え直すことを試みています。